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 4年ほど前の深夜、寝る前に顔を洗おうと思って洗面ボウルに湯を溜めると、平さん(羽良多平吉)から送られたテレパシーを感じた。 ゆらゆらと湯気の立つ水面にこんなメッセージが浮かんでいたのだ。  

「吉祥寺の《ぐゎらん堂》で、もう一度企画展を行う」  

 

 羽良多平吉とは久しく会っていなかったのだが、彼はぐゎらん堂の常連客で私の盟友。イエロー・マジック・オーケストラのアルバムほか数々のレコード、書籍、雑誌、多彩な媒体の意匠を手がけてきたエディトリアル・デザイナーにして書容設計家(書籍の装幀家)。世界中に熱烈なファンが存在する国際的なアーチストである。  

そんなデザイン界の大御所から突然のテレパシー通信!? これって なんなんだ? 

 「武蔵野火薬庫/ぐゎらん堂」というのは、私とゆみこ・ながい・ むらせ(私の伴侶、フリーランスライター)が、1970年代の10年間、吉祥寺で主宰していたライブハウス(閉店は1985年)だが、あの店を閉めてから30年以上経っていた。跡形もなく消えてしまった場所 で、どうやって個展を開くの?  

よくわからないまま、洗面ボウルの湯を抜くと、平さんのメッセー ジも排水口に吸い込まれて消えていった。あれは幻覚だったのか? 真夜中の白昼夢?

 だが、よく考えてみると、この時空に存在しない「あの店」で展覧会を開催する方法がないわけではなかった。この世に併存するもうひとつの時空間──見えない人には見えないのかもしれないが、見える人には見えている別世界。まるで無いように見えて、まぎれもなく存在する「パラレルワールド」でぐゎらん堂を開店すればなんとかなるのではないか? 私はこんな「本」を書くことにした。

『あのころ、吉祥寺にはぐゎらん堂があった』──1970年代・日本のカウンターカルチャーの源流を探る

 この本は、1960年代~70年代、あの時代に花開いた「カウンターカルチャー=対抗文化」という「パラレルワールド(世間の価値観や美意識とはちょっと異なる人びとが暮らす別世界)」の物語である。主人公は若きミュージシャンやアーチスト(現代美術家、デザイナー)、それに、高校生をはじめとする夥しい数の若者たち。彼ら彼女らが織りなす面白譚を収録した実話集......。

 

 キャッチコピーをつけるとすれば、こうなるか?

    ♪ 元気を出せよ! 胸のすく話を聞かせようじゃないか。

 

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​シバ(三橋乙揶)

​林亭 佐久間順平/大江田信

​斉藤哲夫

​髙田渡

大塚まさじ

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​あがた森魚(赤色エレジーの音盤と林清一の大判美人画めんこ)

武蔵野タンポポ団とその仲間たち

髙田渡/シバ/若林純夫/山本コータロー/村瀬雅美/いとうたかお/田中研二/加川良

盛り上がる「武蔵野火薬庫/ぐゎらん堂」

​チュージ(添田忠伸)、モトイ(高以良基)の顔が見える

​佐藤GWAN博

​髙田渡とキヨシ小林

ぐゎらん堂水曜コンサート-拡大版

「中川五郎わいせつ裁判支援コンサート」at 早大大隅講堂(1976年12月8日)

中川五郎/佐久間順平/ジミー矢島/シバ/古川豪/友部正人/高田漣(当日3歳4ヶ月)/ふみこさん(高田富美子)/吉岡さん/鈴井ケイ

​なぎら健壱

​加川良

アーリータイムス・トリングス・バンド

​村上律/高橋イタル/竹田裕美子/今井忍/渡辺勝/松田ari幸一

  「武蔵野火薬庫/ぐゎらん堂」は、楽、アート、詩とマンガ、

                               現の自由と若者たちのフェロモンが煮え立つヤミ鍋のような店だった。

            ♪ ようこそ! 延床面積12坪の「パラレルワールド」へ !!

そして、今年──2024年1月、私の家に一冊の詩集が届いた。あの 平さんの新刊だった。

 

  断章集 二角形 Digon:fragments』羽良多平吉著 (発行:港の人)

 

 タイトルにある「二角形(Digon)」とは、俗世界の平面上では想 像しがたい球面多角形のことだ。だが、羽良多平吉の目には見えてい る幾何学上のオブジェであり、デザインだ。Imagine! ほら、一角 獣、二角形、泣きを見ない三角関係──って見たことあるかい? でも、そういうの、きっと、いたり、あったりするんだよね。  

 

ページをめくってびっくり! 冒頭の章のひとつに〈今年中に、どうしてもやりたい13の事柄を羅列すると、こんな具合になってしまっ た〉とあり──  

 

     「その①《月に赤猫》の大型徳用マッチをデザインする」  

 

《月に赤猫》とは、70年代初頭、羽良多平吉がデザインしたマッチ ボックス──1970年代を代表するパッケージ・デザインであり、ぐゎらん堂のアイコン(象徴的記号)となった彼のアート作品だ。

​銀幕のスターたちを背景に唄う友部正人

​ノーブラの胸のようにやさしく尖っていた1970年代/武蔵野市吉祥寺本町ぎんぎら通り13番地―『武蔵野火薬庫・ぐゎらん堂』は、音楽とアートが交差する十字路だった/シンガーソングライター、アーティストたちが議論風発する裸電球の下、スリ切れたジーンズにスニーカーの少年少女がスラップスティックに躍動する/抱腹絶倒!ぐゎらん堂主人がハードボイルドに描く70年代の深層ドキュメントにして、ラディカルなエンタメ文明評価。

ぐゎらん堂のマッチ箱(classic type)

[月に赤猫」と「月に白猫」

Designed by Dr. HeiQuicci HARATA(羽良多平吉)

 しかし、2020年代に、いまは存在しないぐゎらん堂のマッチ箱をつくりたい? しかも「大型徳用マッチ」を!?   

大型徳用マッチというのは、昭和の家庭の台所に常備されていた 「デカ箱マッチ」のこと。スケールを比べてみると、体積からいえば 「並型マッチ(標準サイズ)」の15倍。内容量からいえば「並型」の 18倍となる800本のマッチ棒を収めた巨大なマッチ箱である。

​上:デカ箱マッチ(縦9.0㎝x横11.0㎝x厚さ5cm)

下:並型マッチm (classic type)

 さらに、さらに──である。「その①」の数行先に、なんと、こうあるではないか。  

 

​ 「⑪ 吉祥寺の《ぐゎらん堂》で、もう一度企画展を行う」

 

 クリビッテンギョー(びっくり仰天)! こんなことってあるのだろ うか? 「吉祥寺の《ぐゎらん堂》で、もう一度……」? 

4年前、あのテレパシー通信はユメでもマボロシでもなかったのだ。あれは、時空を超えたどこかで、私の「パラレルワールド」と羽良多平吉の「二角形の宇宙」が交錯し、平さんから送られてきた secret document(秘密文書)だったらしい。

 

私も秘密裏にコトを進めていた。例の本の中で、虹色に炸裂する羽 良多平吉ワールドの「Exposition(博覧会)」を準備していたのだ。

桜下麗人」

by Dr. HeiQuicci HARATA (羽良多平吉)

  「Exposition」の案内状に、いわく……   

 〈「平さん」こと羽良多平吉という人物を──あふれる愛をこめつつ──ひとことでいえば「マッド・サイエンティスト(風狂な科学者)」ではないだろうか。彼には、エキセントリックな博士が実験室 で着る白衣が似合うにちがいない〉

 

〈ある晩、ぐゎらん堂で、「I'm German(私、ドイツ人です)」と、金髪の長髪に口ヒゲのヒッピーが親しげに話しかけてきた。「アムス(Amsterdam=オランダの首都)で聞いて来たんだ よ。日本へ行くなら、吉祥寺の『GWARANDOH』へ行けってね」 彼は、バンダナに包んだものをポケットから取り出して私に見せた。「月に赤猫」のマッチボックスだった。平さんの「猫」は、私の知らぬ間に海を越えて「世界の赤猫」になっていた〉

 

その「博覧会」には特設ステージが用意されている。70年代の毎 週水曜日、あの店を賑わせてくれたシンガーソングライターたちが、 あのころの代表曲を晴れやかに唄うのだ。お客さんたちも大騒ぎ!

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 そして、昨年のある深夜、またもや着信があった。今度は「二角形 の宇宙」からではなく、ニューヨークから。テレパシーではなく、電 子メールだった。発信者は「メグ(矢島恵=NY在住)」。彼女は、 50年前、高校生の頃からぐゎらん堂の常連だった女性である。  

 

  吉祥寺で、ぐゎらん堂のライブを開催したいんだけど、ご都合は ……?」  

 

去年につづき、2024年、このリアル(現実)の時空で往時を再現 するコンサートを開きたいというのである。

1年前、メグが企画した下北沢(at ラ・カーニャ)でのライブを 想い出す。そのときのタイトルと出演ミュージシャンはこうだった。  

 

       ぐゎらん堂 また会えたね !! 2023ライブ   ──あれから50年、ラ・カーニャでタイムスリップを  

 

☆ 林亭(佐久間順平、大江田信)/佐藤GWAN博+岡崎カコ/い とうたかお/中川五郎  

☆ アーリータイムス・ストリングスバンド(今井忍、竹田裕美 子、村上律、松田ari幸一、渡辺勝)/シバ/大庭珍太/ジミー矢島 /キヨシ小林/サプライズ出演=斉藤哲夫  

 なんていおうか、凄みのあるライブだった。完璧にチューニングさ れた十二弦ギターのように、ピンと張りつめた空気感。往時の名曲あ り、できたての新曲あり、自分の持ち歌だけでなく、今は亡き高田渡 のレパートリーを歌い継ぐ熱唱あり……どの出演者も、まるで申し合 わせたように、最高の持ち味を発揮してくれたのだ。あの完成度、あの緊張感が漂うパフォーマンスはなんだったのか? 

 

 今年のライブのタイトルはこうだと聞く。

 

    「武蔵野火薬庫/ぐゎらん堂」SPECIAL LIVE 2024 ──歌い継ごう、あの歌を! 届けよう、新しい歌を!  

 

 今回は、70年代の音楽シーンを牽引してきたシンガーソングライ ターに加え、彼らの息子世代、娘世代のミュージシャンが競演する。 高田渡二世の「高田漣」と岡崎カコの愛娘「松浦湊」だ。  

 彼らが、2020年代の新しい楽曲を披露してくれるのはもちろんだが、「高田漣とヒルトップ・ストリングス・バンド」とか「武蔵野タンポポ団 with 松浦湊」? あのころの名曲にオマージュを捧げると 聞く。50年前のあの「パラレルワールド」が、一瞬だけ、吉祥寺の 街に姿をあらわすようなのだ。  

 

         歌い継ごう、あの歌を!  

       届けよう、新しい歌を!  

 

ベテランたちは、底光りするいぶし銀の歌声を聴かせてくれるだろ う。若手たちは、私のようなオールド・ファンの耳を驚かせてくれる にちがいない。  

 

─というわけで、これが「SPECIAL LIVE 2024」を前にした、 私とゆみこ・ながい・むらせの思いである。楽しみだなあ。

​吉祥寺本町ぎんぎら通り13番地―雑居ビル3階にあったあの店の入り口

「パラレルワールド」と「二角形宇宙」の遭遇   

村瀬春樹(エッセイスト/元・ぐゎらん堂マスター)

ぐゎらん堂の”紙芝居大会”で使用した「舞台」と「あぼ」こと、

いしかわじゅんが描いたあの店のマスター(1979年)

(ページ内画像提供:村瀬春樹)

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